むかしばなし 其の六

其の六

 姫様のお輿入れの朝、それはそれはよい天気で、朝の日の光は姫様の心とは裏腹に、眩しく輝いておりました。
 城下には、南の国との大戦になる直前というのに、国中の民が姫様のお輿入れの様子をその目におさめようとあふれ返っておりました。ただ、あまり笑顔は見えません。かつて日照りに苦しむこの国を救った女神かともあがめられ、愛されていた姫様です。それだけではありません、姫様が文武と秘かに出会っていたことは、子どもたちを通じてここ数日で人々の知るところとなっていたのですから。できることならお二人が結ばれればよい、だれもがそう思っていたのでございます。まして、姫のお輿入れとは反対に、文武は姫様のお輿入れを見送った後、直ちに戦火の中へと向かうことを思えば、こんなにも悲しいことはございません。
 そのようなことを何も知らぬは殿様ただお一人。南の国が襲ってくることにもおびえつつ、これで東も力になってくれるはず、と、複雑な思いで姫様のお輿入れを見送っておりました。
 城中の家臣たち、今から戦へと向かう兵たち、城下の民、大勢の人たちに見送られて姫様のお輿入れの行列は進んでいきました。もちろん、文武の姿も兵たちの片隅にありました。大勢の兵に埋もれ、姫様にはとても気づかれることはないほどの場所に。また深く頭を下げ、だれ一人それを文武とは気づくことはないでしょう。
 姫様も籠の中から一生懸命に文武の姿を探しました。それでもなかなか見つからず、せめて一目、一目だけでも、と願っていた時でございます。
 一匹の犬が、お城の中から籠に駆け寄って来たのです。それは、咲耶でした。咲耶は何やら一枚の紙を咥え、籠の中の姫様に届けようかという仕草を見せておりました。籠を止め、咲耶から受け取ったその紙は、そう、文武が万葉のお歌を書いた、あの紙だったのです。籠の中で姫は改めて涙を流し、別の紙にささっと
“うち日さす 宮道を人は 満ち行けど わが思ふ君は ただ一人のみ”
と書いて、また咲耶に咥えさせたのです。すると、咲耶は兵たちの方へと一目散に走り出し、ある足軽にじゃれつくように飛びついたのでございます。それこそ文武、その人でございました。咲耶は姫様のお気持ちを察したのでしょう、そのおかげで姫様の願いはどうにか通じたのでございます。
 文武は姫様から文を読み、思わず目を潤ませてしまいました。
“朝日の光がさすこの道には人があふれておりますが、私の思う人はただあなたお一人だけ、あなたしか見えません。”
 これがあのお歌の意でございます。
 籠の中の姫様に頭を下げている文武。目と目を合わせられぬお二人ではありましたが、お互いの心と心で確かに見つめ合っていたのでございます。
 文武は頭を下げたまま、じゃれつく咲耶に向かって、ありがとう、ありがとう、と何度も言っておりました。そして、ちらりと姫様の籠の方を見て、
「姫様。ありがとうございます。どうか、どうかお幸せに。」
辺りをはばかることなく大きな声で叫びました。
 その文武のことをとがめる者はだれ一人おりません。殿様だけは何が何だか分からぬままではありましたが、様々な事情を知る母上様、ご家来衆、そして、周りの兵たちも、町の人々も、その文武の叫びに心を打たれ、ある者は嗚咽を漏らすほどでございました。
 籠の中の姫様のお耳にも、文武の叫びは届きました。姫様は胸にあの手まりを抱きながら、ただたださめざめと泣いておられました。何度も小さな声で、文武、ありがとう、そうつぶやいて、籠の御簾越しに見える文武の方へと飛び出していきたい気持ちをじっと抑えておいででした。
 文武の前でじゃれついていた咲耶は、やがて名残惜しそうな声を上げて、姫様の籠の後へと走っていきました。咲耶も何度も何度も文武の方を振り返っておりました。それはまで姫様のお気持ちを表しているかのようでございました。
 姫様のお輿入れの行列がやがて町から出た時、いよいよ矢面に立つ足軽たちを先頭に、兵たちが出陣していきました。南の国は強大な兵力を誇る国。しかも、あの若様が南蛮渡来の新兵器があるとも言っておりました。この戦で勝てる算段などありません。しかし、せめて東の国の援軍がつくまでは持ちこたえ、なんとか国を守ってみせよう、そんな強い決意でみな進んでいきました。
 姫様も東の国へ行き、兵たちも出陣した後、お城や城下では急ぎ守りの準備に入りました。何もかもが慌ただしい一日でした。多くの女子どもは思いつく限りに安全な場所へと避難させられ、残った男たちはみなこのお国を守るための力になりました。
 城中では、戦に向かった兵たちは戦果を挙げられたか、姫様の行列は無事東の国の城へ着いたか、それぞれ早馬の知らせを待っておりました。
 夕刻、やがて日が沈もうとしていた時、まず戦の様子の知らせが届きました。それは残念な知らせでありました。南の兵たちの南蛮渡来の新兵器、それは鉄砲だったのでございます。その圧倒的な火力の前に無残にも敗北、前線は破られ、明日にもこのお城に迫る勢いとのこと。特に母上様は、文武の身を案じておりましたが、生き残った者はほとんどないと聞かされ、肩を落とされておりました。
 そのしばらく後、東の国からの早馬の知らせが。姫様一行は、途中で東の国の兵たちと合流したものの、すでに南の国の兵が入り待ち伏せを。それでもどうにか難を逃れて東のお城には入りましたものの、火急のこと故、婚儀は中止となり、東の若様も戦の支度に取りかかったとのことでございました。かような事態では、東からの援軍は皆無と考えるが妥当との知らせ。それには殿様もがくりと肩を落とされてしまいました。
 その翌日、昼にはお城の近く大きな川の向こうに南の国の兵が大勢陣取っておりました。そして、いくつかの分隊が、東の国の方へと進んでいきました。
 それ以降、東の国からの早馬の知らせは届くことなく、姫様の安否は不明のままとなりました。
 また、姫様のお国は、わずかながらの兵力で実に果敢に戦って、南の国をかなり手こずらせはしましたが、最後はお城を明け渡すこととなってしまいました。
 殿様はとらわれの身となりましたが、実は殿様自らがおとりとなって時間を稼ぎ、母上様たちをはじめとする城中の多くの女子どもたちを逃れさせることができたのでございます。また、家臣たちの最期の活躍によって、大勢の民の身を守ることができたとも言われております。お国を守り抜くことはできませなんだが、心優しい人々たちの命をたくさん救うことができたことは、後の世までかように語られることとなりました。
 ただ、お国がなくなった今となっては、姫様と文武のその後を知る者はだれ一人なく、あまりに悲しいこの恋のお話は、このお国では何一つ報われぬままで終幕を迎えたのでございます。













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