むかしばなし 其の五

其の五

 姫様は、それ以来、またずっとご自分のお部屋に閉じこもってしまわれました。子犬の咲耶のお散歩でさえ、侍女やご家来衆に任せきりになってしまい、そのせいか、咲耶にも元気がなくなってきた様子。以前なら、姫様の周りはお花が咲いたように明るく華やかであったものが、今では沈んでもの悲しい雰囲気に包まれておりました。
 母上様はそんな姫様のご様子を大変心配され、殿様にご相談されておりました。しかし、その時、殿様には別の心配事があったのでございます。実は、南の大国からも東の大国からも、それぞれ属国になるよう、ここ最近、度々使者が送り込まれていたのです。どちらも強大な兵力のあるお国、あちらを立てればこちらが立たず、殿様は大変お悩みになっておりました。それこそ、姫様のことどころではなかったのです。゛
 夏も盛りのある日、また東の大国から、今度は若様ご自身が使者としていらっしゃったのでございます。そして、姫様にぜひ会ってお話ししたいとのこと、此度の使者との会談には姫も連れ出されたのでございます。噂に聞く美麗な姫様を目の前に、若様はさんざん美辞麗句を並び立て、我が嫁として東に迎え入れましょう、さすればこの小国も安泰、必ずや南の国からの脅威からこの小国をお守りいたします、と、何度も何度も繰り返しおっしゃっておりました。しかし、姫様は一言も語らずうつむいたままでございました。東の若様は、初顔合わせの今日では、ただただ恥ずかしいばかりであろう、また後日に訪れる故、その時によい返事を待っている、とおっしゃって帰っていかれました。
 殿様は、かようによい話はない、ぜひお受けしなさい、と姫様に勧めるのでございますが、やはり姫様は黙ってうつむいたままでした。
 ところが、その翌日、今度は南の大国の若様が使者として訪れたのでございます。そして、やはり姫に会いたいと、会談の場に姫様を呼んだのでございます。南の若様は、東の国がいかに強大であろうと、南の国には南蛮渡来の新兵器がある、どんなに我が南に抗おうと、決して打ち負かすことなどできまい、近日には東も南の属国となろう、そんな国に嫁入りなんぞはもったいない、などと、さんざん自国の強さばかりを自慢するばかり。そして、ついには
「だいたい、このような小さな国にいつまでおっても何にもなるまい。貧しく弱い上に、先の大殿のご威光にただすがっているだけのそこの殿では、民もかわいそうというもの。その民とてもただの腰抜けの烏合の衆。いずれは我が国にひねり潰されるであろうて。この国の先を案ずるならば、我が嫁になるがよかろう。さすれば、我が国がこの弱く貧しい国を守ってあげよう。」
と言い出す始末。その言葉に、殿様も側近の家臣の者も、唇を噛んでおりましたが、だれ一人何も言えぬまま、その場に黙って座っておりました。
 すると、姫様は、すっとお立ちになり、強い目で南の若様をにらみつけると、
「父上様を、そしてこの国の民をも愚弄なさるとは心外でございます。貧しく弱かろうと、この国の民はみな心優しい方ばかり。それをさほどに口悪くののしるような野蛮な方のもとに嫁ぐ気など毛頭ありませぬ。それに、私には心に決めた方があります故、早々に南にお帰りくださいませ。」
と、姫様には珍しく強い言葉で返されました。
 南の若様は、それはそれは真っ赤な顔になってお怒りになりました。こんな弱小な国の、しかも女ごときに、多くの面前で馬鹿にされたことに、ご立腹なさったのでございます。また、姫様の言う心に決めた方とは、たぶん前日に訪れた東の国の若造に違いあるまい、そう思われたようで、大敵である東にも見下されたのだとも考えられたのでしょう、
「なるほど。その言葉、いずれ後悔させてやる。近々、大戦になるやもしれぬこと、覚悟めされい。」
そう乱暴に言い放って帰っていかました。
 さあ、それから城中は大騒ぎとなりました。殿様や家臣の者は、姫様の言葉に胸のすく思いをされたのもつかの間、これでは南と戦になってしまう、なんとかせねばなるまいと、大慌てで皆が呼ばれ、あれこれと話し合われたのでございます。
 こんな小国の乏しい兵力では、とても南には太刀打ちできまい、なんとか東の力を借りられないものか、そういえば、姫様が心に決めた方とは東の若様のことではあるまいか、いやいや、そうに違いあるまい、早速に東に使者を立て、婚儀の話を進めるがよい、あれよあれよと話は進められてしまいました。だれも姫様の本心を聞こうなどとは思いもしなかったのです。
 母上様は必死に殿様に、婚儀と戦は別の話と説得されたのですが、何一つ聞き入れられることはありませんでした。殿様にとって、東に力を借りるには、姫様を東にお輿入れされる他には思いつかなかったのでございます。
 それから姫様は、それまで以上に泣き続けました。咲耶も姫様にぴったりと寄り添い、離れることなく、心配そうに姫様を見上げていたということでございます。
 そんな姫様のお気持ちも知らず、婚儀の話はとんとん拍子に進んでいきました。そうなっては、いかに抗おうとも後戻りはできません。殿様の命は絶対で、この婚儀で東にお輿入れすることで、この美しい国を守ることができるのならば、と、姫様も覚悟を決めるしかなくなったのでございます。めでたいはずの婚儀の話を、姫様は一度たりとも微笑むことなく受け入れたのでございます。
 ただ、いくつかのわがままを殿様に願い出ました。あの手まりを返してほしい、東の国に心優しい母上様の思い出の品としてぜひとも持って行きたい、と。そして、しばらく城下の町へ遊びに出ることを許してほしい、城下の様子をたくさん目に焼き付けておきたいから、と。殿様はそれくらいのわがままならばと、それを許されました。
 その日、姫様は久しぶりに咲耶を連れて、お散歩にお出かけになりました。いつもなら城内やお城周りだけのお散歩でしたが、この日は殿様から許された城下の町までのお散歩でした。実は姫様にとって、これが初めての城下の町巡り。小さな国とは言っても、さすがに自由に城下を歩くことはなかったのです。
 初めての町は、人々の活気にあふれておりました。だれもが笑顔で語り、商売をし、遊び、生活をしておりました。この人たちを決して戦の犠牲にはしたくはない、姫は町を歩きながら、強く感じていたのです。
 表向きはお忍びでのお散歩ではございましたが、姫様はこのお国に恵みをもたらした方、どんなに姿形をごまかしても、町いく人にはすぐに姫様と分かってしまいました。それでも騒ぎにはならず、むしろ気さくに
「お姫様。こんにちは。」
「お姫様。おかげでいい野菜ができたよ。いくつか持って行くかい。」
「おーい、お姫様。うまい餅が焼けてるぜ。一つ喰っていかないかい・」
そう声をかけておりました。
 そんな人々の様子に、姫様のお顔には次第に微笑みが浮かんできました。人々の活気のある様子や笑顔に、元気づけられたかのようです。
 そんな平穏で幸せそうな町の中を、姫様はゆっくり味わうように歩いておいででした。 と、どこからか子どもたちの無邪気な声が聞こえてきました。ああ、あんな無邪気な子どもたちの笑い声も守ってあげたい、守ってあげなければならない、そう思った時でした、咲耶はするりと姫様の手から抜けて、その笑い声の方へと走っていってしまったのです。慌てて追いかけようとすると、今度はその笑い声の方から子どもたちが数人、こちらへと駆け寄ってきたのです。
「やっぱりお姫様だ。」
「本当だ。お姫様だ。」
「お姫様。さあさあ、こっち。こっちへおいでよ。」
 その子どもたちは、よく城の周りで手まりをして遊んだり、咲耶と一緒に遊んだりしていた子どもたちでした。しかし、なぜ、このような町中に、と、姫様は不思議に思いましたが、言われたとおりに後をついていくと、そこで見た様子に驚き、喜び、その訳も分かりました。
 そこには文武がおりました。男の子たち相手に腕相撲をしていたのです。子どもたちのいっぱいの笑顔の中、横では咲耶が嬉しそうにじゃれついて、文武もくったくのない笑顔で腕相撲の相手をしていたのでございます。
「文武兄ちゃん。お姫様だよ。お姫様が来てくれたよ。」
 その声を聞いて、文武の腕の力が抜けたのでしょう、あっさり負けてしまいました。そして、その場に立ちすくみ、姫様のことを驚いた表情で見つめました。
「姫様。」
 文武はそう言うと、姫様のもとへと駆け寄りました。そして、姫様も文武のもとへと駆け寄りました。
 お互いに手を取り見つめ合うお二人でした。言葉はありません。ただただ見つめ合うだけでございます。
 この姿に、この時ばかりはお伴のご家来衆も何ら口出しすらしませんでした。それまでの経緯、姫様のお気持ち、そしてお国のためとはいえ、望まぬお輿入れをしなければならぬ姫様の御身。それを考えたら、せめて刹那の幸せの時をお過ごしになってほしい、ご家来衆の皆がそう思っていたのでございます。また、母上様からも、もし姫様と文武が出会うようなことがあるならば、静かに見守ってあげてほしい、殿様には決して黙っていてほしい、ともお願いされていたのでございます。
 お二人の姿を、子どもたちがはやし立てておりました。それでもお二人はいつまでも見つめ合っておりました。
 程なくして、姫様から
「ここで何をしておいでですか。」
と、問いかけられました。
「ここで、この子たち相手に、字を教えたり、書を読んであげたり、稚拙ながら武術を少々教えてあげたりしていました。また、こうやって一緒に遊ぶことも。」
「相変わらず子どもたちがお好きなのですね。」
「はい。それに、この子たちは国の宝ですゆえ。」
 ああ、文武は変わらずお優しい方だ、姫様はそう思いました。
 それからお二人はしばらくお話しをしておりました。こんなにも仲睦まじく、寄り添うようにお話しすることは初めてのこと。お二人にとって、それはどんなにか幸せな時であったことでしょう。しかし、そのお話しの中身は、次第に悲しいものになってしまいました。姫様は、文武がお城を出てからのことを詳しくお話しなりました。どんなにか寂しくつらかったこと、東の国の若様がいらっしゃったこと、そして、南の国の若様とのこと。
それから、近々姫様が東の国へ輿入れなさるということも。
 姫様は涙を流し、それでも気丈にお話しになりました。このお国のため、この子どもたちの笑顔、人々の笑顔のため、私が輿入れすることで少しでも守ることができるのならば、その決意であると言うことを。
 文武は黙ってそれを聞いておりました。そして、それらを一通り聞くと、つらそうにうつむき、
「私は何一つ姫様のためになっていなかった。何一つ力になることができなかった。」
 悔しそうにそうつぶやきました。
「いいえ。文武は私の手まりを拾ってくださいました。それから、楽しい思い出を作ってくださいました。たくさんの昔の歌を教えてくださいました。そして、幸せな気持ちを味わわせてくださいました。それだけで、私には充分なのですよ。」
 姫様は涙をぬぐうこともなく、そう文武に告げたのでございます。そうして、お二人は手を取り合ったまま、いつまでも見つめ続けておりました。
 城下へのお散歩の時間も限られておりました。お二人にとってはあっという間の時間。姫様はお城へと戻らなければなりません。惜しむ気持ちを抑えつつ、姫様は城下の町を後にしました。文武は、その姫様の後ろ姿をいつまでも見送っておいででした。
 城中に入る時、ご家来衆の頭が、姫様にこう申しました。
「姫様。お輿入れの直前まで、城下に出ることは許されておるはず。ほんの少しの間ではございますが、我らもお伴しますゆえ、心ゆくまで城下の町でのひとときをお楽しみください。殿には内密にではございますが。」
 姫様は驚き、そして喜びました。確かにほんの少しの間でしょうが、それまでは毎日のよう文武に会うことができるのです。
「今となって思えば、我らも心ないことをしておりました。奥様からもきつく叱られました。お許しください。奥様と我らだけの秘密でございます。ぜひ、明日も、明後日も、城下の町へお出かけください。」
「ありがとう。本当にありがとう。私はその時間を大切に過ごします。あなたたちのお気持ち、本当に感謝します。」
 姫様の目から涙があふれました。
 これ以後、姫様は城下の町へお出かけになり、殿様には内密に文武とわずかな時間を過ごしたのでございます。文武とともに子どもたちと遊び、咲耶と戯れ、そして見つめ合い語り合うお二人。姫様にとっても文武にとっても、至上の喜びの時間となりました。
 ただ、輿入れの日がいよいよ明日となったその日の朝。密偵より殿様に急を告げる知らせが入りました。南の大国が、明日、姫様の輿入れの日に合わせて、この国に攻め入ろうとしていることを。婚儀の祝いに気を緩めているところを狙ってのこと。急ぎ、兵を整えて、戦に備えることになったのです。
 城下の腕に覚えのある男たちが、たくさんお城に召されました。そして、その中に文武の姿もありました。お国の大事の時、一人でも兵力としてほしいとあっては、昔のことは水に流されたようなもの。また、文武自身の心にも、お国を守りたい、人肥土を守りたい、子どもたちを、何より姫様を守りたい、そういう思いがありました。
 本来ならば明日のお輿入れの前日、姫様と文武は最後の別れの言葉を思いを込めてお互いに告げたかったことでしょう。しかし、それも叶わぬことになってしまいました。
 その夜、文武は月を眺めながら、
“ぬばたまの 夜渡る月の ゆつりなば さらにや妹に 我が恋ひ居らむ”
と、また万葉のお歌を紙にしたためました。たぶん、姫様が詠むことはないであろうとは分かっていながら、北の門の近くの松の木に、それを結んでおきました。
 この夜の空を渡っていく月がやがて西の空へと傾いてしまったなら、 もっと切なくあなたを恋いしく思うことでしょう、という意のお歌でございます。そのお歌のとおり、文武は一晩中月を眺めては、姫様を恋しく思って涙を流しておりました。
 一方、姫様は、別れの言葉を告げられぬままに別れることがあまりに口惜しかったのでございましょう、優しい優しい母上様の膝の上で、夜通し泣き続けたのでございます。











ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 1

ナイス

この記事へのコメント


この記事へのトラックバック