創作:仮題「ススムとタロー」 その3

そして出会い


タローは、暗くなった街を歩いていた。
足には疲れがたまっていて、歩くのもやっとだったが、それでも、自分を置いていった飼い主に何とか会えるのではないか、というわずかな希望が、タローの足を進めていた。
人通りのすくない街。
タローがこの街に入って、何人かとすれ違ったが、だれもタローに気をとめる者はいなかった。
あるいは、リードもつけず、ふらふら歩いているこの犬に、少なからず怖いという思いを抱いていたのかもしれない。
とにかく、だれ一人、タローに近づく者はいなかった。
あとは、タローのすぐ脇を通る車だけ。
乾いた空気に車の排気ガスは、タローにはつらかった。

辺りがすっかり暗くなった頃、タローの前から一人の女性が走ってきた。
それまでと同じように、タローに気をとめることなく、通り過ぎていった。
ただ、それまでと違っていたことがあった。
その女性は泣いていたのだ。
タローは一瞬見たその表情に疑問を持った。
「なんで泣いているんだろう。悲しいことがあったのかな。」
といっても、すぐにその疑問は消えてしまった。
なにより、今、自分がつらい状況にあるのだから。
疲れた足を引きずり、それでも何とか飼い主に会おうと、歩みをとめないでいる自分自身、こんなに悲しいことはない。

それから、すぐ、タローはあの交番の前にさしかかった。
そのまま通り過ぎるところだったが、何かの声に気がついた。
人間の赤ちゃんの声である。
しかも、かなり近いところから聞こえていた。
タローは気になって、その声の方へ歩み寄った。
案の定、そこには人間の赤ちゃんが、毛布にくるまれて声を上げていた。
そして、その声の奥から、赤ちゃんの気持ちが聞こえてきた。
「おかあさん。おかあさん。どこに行ったの?」
タローは、その言葉から、
「おかあさんって、さっきの女の人だ。」
と、直感した。
つい、今し方通り過ぎた女性。
追いかければ間に合うかもしれない。
元来た方向に走ろうとしたが、置き去りにされた赤ちゃんが気になって、走るのをやめた。
そして、タローは赤ちゃんに話しかけた。
「おかあさん、行っちゃったみたいだよ。大丈夫?」
「だれ?ねえ、君はだれ?」
「ぼく?ぼくはタローっていうんだ。君は?」
「ぼく、ススムって呼ばれてた。ねえ、おかあさんは?」
「だから、おかあさんは…。」

子どもにはふしぎな力がある。
時にぬいぐるみや人形と話をしている。
そして、おとなには思いもつかない話の展開を見せる。
子どもたちは、もしかしたら、本当に話をしているのではないだろうか。
命なきぬいぐるみや人形にも魂を見出して、魂に話しかけているのではないだろうか。
まして、命ある犬や猫であれば、なおさらである。
子どもたちは、そんな命あるものの声に敏感で、話ができるのである。

「だから、おかあさんは…。さっき、すれ違った。遠くに…、行っちゃったみたいだよ。」
タローはつらそうに答えた。
この赤ちゃんのことが、なにやら自分自身にも重なるからだ。
そして、自分のように、その足で追うこともできない赤ちゃんを、自分以上にかわいそうに思った。
ススムは、それまで不安げに思っていた思いが、一気にこみ上げてきた。
「おかあさん、いないの?いなくなっちゃったの?ねえ、教えてよ!」
そう言うと、いよいよ声を上げて泣き始めた。
その泣き声に驚いたタローは、うろたえてしまった。
自分ではどうしようもできなかった。
何度も
「泣かないで。泣かないで。」
と声をかけたが、その声は赤ちゃんの進自身の泣き声にかき消されてしまった。
タローの声はススムには届かない。
そう思ったタローは、今度はも交番の中に向かって大きな声でほえ始めた。
夜の闇の静かな街の片隅の交番の前で、甲高い赤ちゃんの泣き声と、犬の大きな声が、しばらく辺り一帯に響いていた。



………(続く)




















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