創作:仮題「ススムとタロー」

最初の別れ

3月は下旬といっても、まだまだ肌寒い山の中。
吹く風は突き刺すようで、わずかに芽吹いている木々の間を自由にすり抜けて、吹きつけていた。
陽光は時に暖かいが、まだまだ風の冷たさには勝てない。
そんなわずかな希望のような日の光も、次第に西に傾いてしまっては、なかなか暖を取ることもできない。
そんな山の方からとぼとぼと歩いてきた子犬が一匹。
首輪に名前の書かれたプレートがついている。
「タロー」
この犬の名前だ。
飼い主らしき者は辺りに見えない。
迷子だろうか。
いや、そうではない。
タローは、つい先ほど、心ない飼い主に捨てられたばかりだ。

タローの飼い主は、その年の春に転勤であった。
家族で転居して、新しい赴任先に臨むことにした。
もちろん、最初はタローもその「家族」の一員として考えられていたが、なかなかペット可の物件が見つからない。
その飼い主なりにぎりぎりまで粘ったが、結局は、ペット可の物件はあきらめてしまった。
困った飼い主は、どうにすタローの引き取り手を探したが、これも難航してしまった。
動物愛護センターにも頼んだが、できるかぎり里親を探してくれとのこと。
これまた、飼い主なりにぎりぎりまで粘ったが、新しい里親は見つからなかった。
かといって、愛護センターでは処分されてしまうかもしれない。
…というのは飼い主の自分に対する言い訳で、本心は、新しい里親を見つけられなかったことをセンターの職員にいろいろと言われはしないか、と思ったのである。
また、最終的に自分の手で処分されそうな場にタローを連れていくことにも気がとがめた。
小心者の飼い主は、かなり離れた山中にタローを置き去りにすることを選んだ。
「ごめんな。連れていけなくて。」
そう言い残して、飼い主はタローを残して、車を走らせた。
タローには何が起こったのか、よく理解できなかった。
しばらく呆然と車を見送っていたが、さすがにあまりに距離が離れたところで気がついたのであろう、一生懸命に車の後を追った。
どこまでもどこまでも、息の続く限り。
しかし、車は速度を落とすことなく、タローとの距離を広げていった。
タローの目には車の姿は見えなくなっていた。
それでも、タローは走り続けた。

いつ走るのをあきらめてしまったか、タローも忘れてしまった。
ゼイゼイと息が切れて、しばらく立ち止まっているうちに、冷たい風に体を冷やされてしまった。
このままではいけないと思って、タローはとにかく山道を下っていくことだけを考えた。

さっきまで、そう、この山に連れてこられる前までは、家の中でのんびりくつろいでいた犬だった。
家族と一緒に遊んで、その家族に癒やしを与えて、笑顔に包まれていた。
確かに、その笑顔は日に日に曇っていたのだが、タローにはそれは気がつかなかった。
その家族と過ごすことが当たり前の日常であった。
散歩の時以外、走ることもなかった。
それが、突然こんな寒空の下に放り出されて、しかもこんなにも走らされて…。
タローの頭の中は混乱していた。
なぜ、こんな山中でひとりぼっちにされてしまわなければならないのだろう。
いや、果たしてこれは夢かもしれない。
でも、この寒さは現実で…。
疲れた足を引きずるようにして、タローは考えていた。
そして、考えがまとまらないまま、いつしか山を下りて、山の麓の街にさしかかっていた。
辺りはすでに薄暗く、へんぴな街にありがちなぽつんぽつんと距離を置いて点る街灯の灯りが、いかにも頼りなげだった。
風はいよいよ冷たく、タローの体を容赦なく冷やしていく。
それ以上に、タローには空腹という苦痛が少しずつ迫ってきていた。


………続く

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